2004年10月12日
子供の成長を加速する
台風の後、秋雨前線が居座っている最中、雨がやんだ。
幼稚園の事情もあるだろうが、幼稚園の運動会が二日遅れで開催された。
父親の私も当然参加。
でも、悲しいことに教育の場に参画すると言う意識のない大人はどんどん増えている。 ブログランキングへご協力を!
幼稚園の事情もあるだろうが、幼稚園の運動会が二日遅れで開催された。
父親の私も当然参加。
でも、悲しいことに教育の場に参画すると言う意識のない大人はどんどん増えている。 ブログランキングへご協力を!
競技中なのに運動場のトラックを踏んで歩く父兄。
何人かの小学生が協議中にアナウンスしている先生の前をドタドタ走り回る。
先生が指導しているところに、ずかずかビデオカメラを携えて踏み込む父親。
運動会の流れとは関係なく、奇声を上げて親を呼ぶ子供。
そんな我が子を注意しない父母、そして祖父母。
.....。
ウチの子供は障害物競走に参加した。
内容は平均台の上をはしり、跳び箱を飛び、という典型的なもの。
昨日まで雨が降ったために、地面は泥んこだ。靴で平均台やマットの上を走ると、当然泥んこがつく。
よく見ていると、平均台の横にサポートについている父兄が、子供が走り去った後を軍手を嵌めた手で払っている。
子供が転ばないための配慮だろう。
しかし、そんなことに意味があるんだろうか?
泥んこの平均台を走ると、滑りやすい。だから注意して走らないと転ぶ。
そんなあたりまえの事をしらず、人工的に作られたキレイな平均台を常に走る。
幼稚園の頃ならば、平均台から落ちてもまだ体も柔らかいし、走るスピードも遅く、怪我をしても知れている。
いつかその子が大きくなって、親が見ていない公園に行く。
汚れた柱の上を走る。転ぶ。大怪我する。
彼はとても不思議でしょうがないだろう。
「なぜこの柱は汚いのだ。いつも走っている平均台はとてもキレイなのに」
子供が学ぶ機会を親が奪っているような気がする。
公園にいくとママが注意している。
木にのぼるな、虫に刺されるから捕まえるな、滑り台を逆にのぼるな、....。
ショッピングセンターの遊び広場に行く。
子供同士が少し小競り合いをはじめるとスグにお母さんの出番だ。
せっかく、ケンカして、お互いにドツキ合って、泣いて、仲直りするという大切な人間関係の体験の場なのに。
トラブルを回避しようとする。それは私の家族もそういう傾向がある。
自分でも実はそうかもしれない。
では、親たちは本当に自分の子供を気にして、平均台の泥をはらっているのだろうか?
おそらくそうではない。
本音は「事故がおきたときの責任を取りたくない」からだ。
事故がおきたときに、幼稚園の不備であるとねじ込んでくるレベルの低い親は珍しく無いらしい。
ちょっとしたクラスでのケンカに先生が介入しないことに不満を漏らす親もいるという。
そんな責任回避の空気と、自分の子供への教育責任を放棄した親が一緒になって、子供が早いうちに失敗して、そこから学ぶ機会が失われている。
先日、今の子供の運動能力がどんどん落ちているという、政府の統計が発表されていた。
過保護されるとダメになる。
運動も、人間関係も、精神面も。
子供にはダメージがまだと小さくてすむ幼い時期にこそ、たくさんの学習をして、自分でリスクを回避できるようになって欲しい。
たぶん、それが私の望む「親と子が自立して依存しあわず、各々の人生に責任を持てる」ような家族に近いと思っている。
そんな自立しつつ、協調した家族が私の理想。幸せの要件だ。
子供がやっていることを好きにさせる。ただ見ている。
ただそれだけが、子供の成長を加速させる。
後片付けや、怪我したときの心配、我慢するのは大変だが、子供には自由にやらせて学習させようと思う。
身体能力が落ちている今、昔の人の運動能力は驚くほど高かったらしい。そんな秘密を書いた本をご紹介。
これを読むと子供に武道をやらせたくなります。
この本を買った方ほかにも、こんな本を。
何人かの小学生が協議中にアナウンスしている先生の前をドタドタ走り回る。
先生が指導しているところに、ずかずかビデオカメラを携えて踏み込む父親。
運動会の流れとは関係なく、奇声を上げて親を呼ぶ子供。
そんな我が子を注意しない父母、そして祖父母。
.....。
ウチの子供は障害物競走に参加した。
内容は平均台の上をはしり、跳び箱を飛び、という典型的なもの。
昨日まで雨が降ったために、地面は泥んこだ。靴で平均台やマットの上を走ると、当然泥んこがつく。
よく見ていると、平均台の横にサポートについている父兄が、子供が走り去った後を軍手を嵌めた手で払っている。
子供が転ばないための配慮だろう。
しかし、そんなことに意味があるんだろうか?
泥んこの平均台を走ると、滑りやすい。だから注意して走らないと転ぶ。
そんなあたりまえの事をしらず、人工的に作られたキレイな平均台を常に走る。
幼稚園の頃ならば、平均台から落ちてもまだ体も柔らかいし、走るスピードも遅く、怪我をしても知れている。
いつかその子が大きくなって、親が見ていない公園に行く。
汚れた柱の上を走る。転ぶ。大怪我する。
彼はとても不思議でしょうがないだろう。
「なぜこの柱は汚いのだ。いつも走っている平均台はとてもキレイなのに」
子供が学ぶ機会を親が奪っているような気がする。
公園にいくとママが注意している。
木にのぼるな、虫に刺されるから捕まえるな、滑り台を逆にのぼるな、....。
ショッピングセンターの遊び広場に行く。
子供同士が少し小競り合いをはじめるとスグにお母さんの出番だ。
せっかく、ケンカして、お互いにドツキ合って、泣いて、仲直りするという大切な人間関係の体験の場なのに。
トラブルを回避しようとする。それは私の家族もそういう傾向がある。
自分でも実はそうかもしれない。
では、親たちは本当に自分の子供を気にして、平均台の泥をはらっているのだろうか?
おそらくそうではない。
本音は「事故がおきたときの責任を取りたくない」からだ。
事故がおきたときに、幼稚園の不備であるとねじ込んでくるレベルの低い親は珍しく無いらしい。
ちょっとしたクラスでのケンカに先生が介入しないことに不満を漏らす親もいるという。
そんな責任回避の空気と、自分の子供への教育責任を放棄した親が一緒になって、子供が早いうちに失敗して、そこから学ぶ機会が失われている。
先日、今の子供の運動能力がどんどん落ちているという、政府の統計が発表されていた。
過保護されるとダメになる。
運動も、人間関係も、精神面も。
子供にはダメージがまだと小さくてすむ幼い時期にこそ、たくさんの学習をして、自分でリスクを回避できるようになって欲しい。
たぶん、それが私の望む「親と子が自立して依存しあわず、各々の人生に責任を持てる」ような家族に近いと思っている。
そんな自立しつつ、協調した家族が私の理想。幸せの要件だ。
子供がやっていることを好きにさせる。ただ見ている。
ただそれだけが、子供の成長を加速させる。
後片付けや、怪我したときの心配、我慢するのは大変だが、子供には自由にやらせて学習させようと思う。
身体能力が落ちている今、昔の人の運動能力は驚くほど高かったらしい。そんな秘密を書いた本をご紹介。
これを読むと子供に武道をやらせたくなります。
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tatsux at 06:32
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この記事へのコメント
1. Posted by
グッチ
2004年10月13日 08:52
そうですね、転ばぬ先の杖とばかり、先手先手で手を出してしまう親が多いですね。
失敗して、ケガをして始めて学ぶことって多いのに・・・。
私の子供時代なんて、ケガや失敗ばかりでした。
それが貴重な経験となるんですがね。
今の時代は「優しさ」と言うものを履き違えているような気がしますね。
失敗して、ケガをして始めて学ぶことって多いのに・・・。
私の子供時代なんて、ケガや失敗ばかりでした。
それが貴重な経験となるんですがね。
今の時代は「優しさ」と言うものを履き違えているような気がしますね。










